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櫻本博之さん/bise

上京してスタジオに入り、ヘアメイクの仕事を6年間務める。しかし、そこで感じたのはヘアメイクと美容師の仕事の違い。美容師に価値観を感じてサロンワーク復帰を決意。同時に独立して出店をする。場所は地元の名張。大阪と東京での経験を生かして順調にみえたサロン経営だが、思わぬスタッフたちの退職で苦難を迎えた。

ライター 前田正明 | カメラ 好川桃子 | 配信日 2011.6.9

継続的な美容師の仕事に充実感を再認識した

上京して最初のヘアメイクの仕事はCMの撮影で、今までのサロンワークとは違う楽しさを感じました。東京ではサロンワークを離れて、主にヘアメイクと、講習活動の仕事も務めさせていただきました。ヘアメイクはカメラ撮影などによる瞬間的な仕事で、サロンワークとは全然違っていました。自ら望んだ仕事でしたが、徐々にサロンワークに対する楽しさと充実感を再認識するようになったんです。サロンワークで一人のお客さまを担当させていただくのは継続の仕事ですよね。ホームスタイリングで再現性が高まるように、また似合わせのデザインに仕上げるなど来店されるたびにさまざまなことを考えながら、自分の持っている技術で接客させていただきます。そんなお客さまとの長いお付合いをさせていただくことが、自分には合っていて、美容師としての喜びだと考えるようになったんです。やはり、自分にはお客様と接する美容師の仕事が向いているのではと思い、サロンワークに復帰しようと考えました。それと同時に、独立して出店しようと決意し6年間勤めた東京のサロンを退職しました。

お客さまが求めているのが同じなら名張で勝負

独立に際して、東京の表参道周辺での出店も考えたのですが、やはり資金的な問題等で断念しました。そこで、慣れ親しんだ大阪に戻ることを考え、ほぼ出店することが決定しました。その準備をするために、実家の名張に戻ったんです。そこで、名張でのサロン事情に興味を持ち、一番流行っているサロンの前で一日中観察しました。サロンを訪れるお客さまのビフォアとアフターを(笑)。すると、デザイン性や時代的に疑問に感じるスタイルを多数見ました。中には、サロンを出た途端に手でスタイルを崩す人もいました。その時に思ったのは、お客さまが求めるスタイルは都会も地方も関係ないんだということです。逆に、デザインする側の問題だと。そこで、名張で出店するのもおもしろいかなと考えたんです。お客さまが求めているのが同じならば可能性はある。むしろ、自分の手で名張の女性を変えてみたいと思った瞬間、心の中で名張でのオープンを決めていました。

新規オープンの翌日にスタッフが一斉に退職

最初のサロンは経営権を譲っていただいて、10坪ほどのお店をオープンしました。サロン名をそのまま使用するという条件だったので店名はMiyabiでした。オープンしてから大勢のお客さまに来店していただき、それから10ヶ月後には移転拡張して新しくbiseをオープンさせました。スタイリストは私1人で、アシスタントが7人。オープン当日に彼らの気持ちを引き締めるために、終了のミーティングでかなり厳しく指導したんです。スタッフの意見も聞かず、一方的に押し付けるような言い方で。すると、1人を残して6人のスタッフが翌日に退職してしまいました。多分、彼らとの人間関係ができていない上に、私がワンマンぶりを発揮していたのが原因でしょう。翌日にはすでに40人くらいの予約が入っていましたが、残った1人と頑張ってなんとかクリアしました。その時に自分自身が変わらないとだめだとすごく反省しました。それから派遣のスタッフを雇いましたが、その後2年間は毎月100万円以上の赤字を計上することになってしまいました・・・。

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有限会社bise代表取締役。三重県出身。高津理容美容専門学校(通信課程)卒業。地元の名張市のサロンに就職後、大阪・心斎橋のサロンに入社。27歳で上京してサロンワークと同時にスタジオにてヘアメイクアーティストとしても活躍。 33歳で名張市に戻り2001年にMiyabiをオープン。2002年に移転拡張しbiseをオープン。2007年には自社物件にて移転オープンし120坪のフロアに拡張。さらに、2010年に160坪(敷地面積約700坪)に増床してグランドオープン。美容・エステティック・ネイル・メイクを併設した本物志向のトータルサロンとして展開。現在はサロンワークを中心に技術講習会や経営セミナーの講師としても活躍中。


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