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小野浩一さん/DaB

大勢のスタッフがいる中、SHIMA時代に自分のポジションを把握しマネージメント業を兼任する。サロンワークをしながらスタッフ教育のカリキュラムや運営システムの確立といったと重責を担った。その後、次のステップを図る意味でSHIMAを退職。海外で充電期間を設けた後、八木岡氏と共同でサロンを立ち上げることになった。

ライター 前田正明 | カメラ 更科智子 | 配信日 2011.8.4

次のステップを図るため自立を考えることも必要

私は、美容師というのは一定のスパンで変化が必要な職業だと思っています。例えば、美容学校を卒業してサロンに入社し、そこで鍛えられながら技術を学び接客します。技術者になるまでに平均で5年間を有し、技術者となり結果が出るまでに更に5年間位の期間を必要とする。その後は店長等として後進の教育にも結果を求められます。そして、次のステップを図るためにどこかのタイミングで自立するという選択肢が出てきます。今では経営者の理解力が深まっているし、サロンの形態やさまざまな方向性がありますが、私たちの時代はほとんどが郷里に戻って出店していました。中央での出店が増えてきたのはここ数年の話です。私の場合は東京が出身地なので、さらに選択肢が限定されます。私も次のステップを考えるようになり、将来永くこの仕事をする為に、自立することを考え始めるようになりました。

理想的なカッコいい美容師像は持っていなかった

私はSHIMA時代に、目標とする理想の美容師像というものを持ったことはありませんでした。250人いる組織の中で、表現豊かなデザイナーがたくさんおり、私は一定のポジションまで到達する自信はありましたが、カリスマと呼ばれるような人気のあるカッコいい美容師になりたいという気持ちはなかったです。むしろ、スタッフ教育のカリキュラムや運営システムの確立といったマネージメント的な仕事に自分の存在価値を感じ始めました。店長になってからさらにマネージメントの仕事が増えましたから、多分会社もそれを見い出していたんでしょうね。嶋先生と、全店に関するシステムの提案などをよくお話させていただきました。私はいられる限りSHIMAに勤めるつもりではいましたが、当時は30歳を越えたら独立するような雰囲気あり、独立したたくさんの先輩達も活躍していましたので、私も退職を決意しました。

会社設立のノウハウを知らず苦労したサロンの出店

退職してしばらくは海外で暮らしていましたが、帰国を機に八木岡と話をして、一緒にサロンを立ち上げることにしました。それが現在のDaBです。当時は美容師しか経験していなかったので、どうやって会社を立ち上げればいいのか全く何も知らない状態でした。ちょうど高校時代の友人が税理士をしていたので、いろいろとアドバイスをしてもらいました。基本用語も分からない私に、彼はまず関係書籍を読むようにすすめました。私はそんな本があることすら知らなかったんですよ(笑)。そこで、株式会社を設立するには3人の役員と1000万円の資本金が必要(当時)だと知ったんです。また資本金とは、株を売却し出資を募って集める資金だということも、その時初めて知りました。当時は資金がなかったので、内装工事も自分たちで手作業で行いました。おかげで、準備をするうちにどんどん筋肉がつき、オープンする頃には、どこから見ても美容師ではなく力仕事の職人さんのようになっていました (笑)。無事代官山にサロンをオープンして、しばらくは技術者としてサロンワークを務めましたが、1年後にはマネージメントに専念するようになりました。

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株式会社ダブ取締役、株式会社ビタミンズ取締役。東京都出身。高山美容専門学校卒業。1984年にSHIMAへ入社。店長および技術教育の責任者を歴任。1995年に代表である八木岡 聡氏と共に株式会社ビタミンズを設立。同年10月にDaB office及びDaB daikanyama hair salon(代官山)を開設。1997年にDaB MIX hair salon(代官山)を開設。1999年にDaB omotesando hair salon(表参道)を開設。2003年に株式会社DaBを設立し、サロンマネージメントをビタミンズより移管。2011年9月にDaB MIXを拡張リニューアルオープン予定。現在、代官山及び表参道に3店舗70名のスタッフを有する。マネージメント業務及び経理責任者。


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